運命、すなわち予(あらかじ)め定められた人生というものは、本当にあるのでしょうか。

霊界通信では世界最大のベストセラーと言われている「霊の書」では、次のように述べられています。

運命があるとすれば、人が地上へ再生する時に、それぞれの霊がこれこれの試練を担おうと決意した、その結果があるだけです。

この試練を選ぶことによって、人は自分のための一種の運命をつくります。

その運命というものは、人が自分をそこに置きたいと選択したその状況、その当然の結果なのです。

そして、それは肉体的試練についてのことです。

精神的試練は、善悪いずれを選ぶか、それに従うか拒否するか、これには選択の自由を残しておくのが通常です。

善霊は、しりごみする人を見れば、やって来て助けます。

しかし、本人の意思の働きを犯すところまではしません。

これに反して悪霊(未発達霊)は、様々な不安を吹き込んでは、本人を悩ませ脅かします。

しかし、そうではあっても、本人の霊がどんな選択をするか、その意志の自由は残されています。

また、自分の行為とは関係なしに、運命に翻弄(ほんろう)されているように見える人がいますが、それは、本人が霊界で自ら選択したために、受けることになった試練です。

人は自分の失敗に過ぎない結果を、運命としてしまうことがよくあるそうです。

宿命などは存在しません。

宿命という言葉通りの意味であるのは死の時(寿命)、これだけです。

その時が来れば、どんな形であれ、人はそれを避けることはできません。

逆に、どんな危険が身に迫っても、死の時(寿命)が来ていなければ、人は死ぬことはありません。

神は一人一人がどのようにして現世を終えるかを、予め知っています。

そして、私たちも地上に生まれてくる前に、自分の人生を選択するときに、何歳で死ぬかは予め示されるそうです。

でも、その記憶は私たちが死ぬまでは蘇りません。

これも神の配慮だと思います。