祈りとは

祈りについて、シルバーバーチは次のように述べています。

祈りとは何かを理解するには、その目的をはっきりさせなければなりません。

ただ単に願いごとを口にしたり、決まり文句を繰り返すだけでは何の効果もありません。

テープを再生するように陳腐な言葉を大気中に発信しても、耳を傾ける人はいませんし、訴える力をもった波動を起こすこともできません。

型にはまった文句には誠意がこもっておらず、それを口にする人も内容には無頓着であるのが一般的です。

永い間、それをロボットのように繰り返してきているからです。

真の祈りにはそれなりの効用があることは事実です。

しかしいかなる精神的行為も、身をもって果たさなければならない地上的労苦の代替とはなり得ません。

祈りは自分の義務を避けたいと思う臆病者の避難場所ではありません。

人間として為すべき仕事の代替とはなりません。

責務を逃れる手段ではありません。

いかなる祈りにもそのような代替する力はありませんし、絶対的な因果的連鎖関係を変えることはできません。

人のためにという動機、自己の責任と義務を自覚した時に湧き出るもの以外の祈りはすべて無視されるがよろしい。

あなた方を悩ますすべての問題と困難に対して、正直に、正々堂々と真正面から取り組んだ時、解決のためにありったけの能力を駆使して、しかも力が及ばないと悟った時、その時こそあなたは何らかの力、自分より大きな力を持つ霊に対して問題解決のための光を求めて祈る完全な権利があると言えましょう。

そして、きっとその導き、そのあとに光を手にするはずです。

なぜなら、あなたの周りにいる者、霊的な目をもって洞察する霊は、あなたの魂の状態をありのままに見抜く力があるからです。

たとえば、あなたが本当に正直であるか否かは一目瞭然なのです。