今から3,000年以上前に地上を去った高級霊シルバーバーチは、「交通事故に遭い植物状態となって自分の力では何一つできなくなっている人は、生きていても霊的に何の成長もないと思うのですが、なぜ地上に居続けなければならないのでしょうか」という質問に答えて、次のように述べています。

人間は生命を創造することはできませんし滅ぼすこともできません。

生命が機能するための機関を提供することはできます。

その機関を破壊することもできます。

しかし生命は神からの贈りものであり、人間のものではありません。

生命は神が人間に託した責務です。

なぜ?というご質問ですが、それについては、物的尺度だけで判断を下さないように注意しないといけません。

霊の問題は物的尺度では計れないのです。

植物同然となってしまった1個の人間をご覧になれば、自然の情として哀れ、同情、慈悲、憐憫を誘われるのも無理はありません。

しかし植物にも生命があり、地上で果たすべき役目があります。

そうでなければ存在しないのです。

1人の人間が事故で負傷する。

機能の損傷がひどくて霊が自我を表現できなくなった。

この問題をあなたは身体上の問題とみますか、それとも霊的な問題とみますか。

霊的にはそこに果たすべき目的があり、学ぶべき教訓があり、忍ぶべき体験があるのです。

たしかに見たところ身体的にはまったく動きが止まっています。

しかし霊的な目をもって見ることができるようになるまでは、つまり永遠の価値基準を理解できるようにならない限り、あなたの判断はどうしても誤りに基づいたものとなります。

私はいわゆる植物人間を安楽死させることには全面的に、そして文句なしに反対です。

ただし、そこにやむを得ない動機がありうることは認めます。

しかしそれは問題を解決したことにはなりません。

(引用;シルバーバーチの霊訓(8)より