酒井宏明さんは、子供のころから靴が大好きで、本当は靴屋をやりたかったのですが、資金がなくてできず、知り合いのおばさんから「靴修理の仕事は儲かる」と言われて、平成元年、21歳の時に大阪で靴修理のノウハウや技術のないまま靴修理業をはじめました。

我流なのでなかなかうまくいかず、預かった靴のヒールを折ってしまったり、というようなことを繰り返していたので、紹介してもらった靴修理店に頼んで技術を学びました。

そうこうするうちに、多少儲かりはじめたので、調子に乗って洋服店、百円均一店、アクセサリー店などを次々に展開して、手にしたお金で毎晩遊び歩き、結局資金繰りに行き詰まり、金融会社からお金を借りて何とかやりくりしましたが、人に頼まれて手形の裏書をしてしまい、高利でお金を借りるはめになってしまいました。

実家を抵当に入れることで何とか返済に目途をつけましたが、何もかもうまくいかず26歳の時に東京に逃亡しました。

最初は新宿でホームレス生活をして、その後は友達の家に転がり込んで、交通量調査のアルバイトをやってはパチンコですっていました。

もう何をやるのも嫌になって毎日毎日死ぬことばかり考えていたそうです。

しかし、一時的に仕事から距離を置いたことで、精神的にも少し落ち着き、こんなことをしていても仕方がないという気持ちが募り、半年くらい経って大阪に戻り、靴修理店を再開しました。

家が貧しかったので、お金持ちになりたいと考えて事業を始めましたが、苦しい経験をすることによって、それよりも何かほんの少しでも世の中のためになることをしたいと思うようになったそうです。

まずは価格を下げて、靴修理を一人でも多くの方に利用してもらおうと考えました。

手作りでチラシを作り、毎晩夜中の3時まで2,000枚ポスティングしました。

それでも最初は全然ダメだったのですが、気が付いたらびっくりするくらい忙しくなっていました。

その当時はまだ酒井さんしか難しい仕事ができなかったので、10年くらいはほとんど寝る間もありませんでした。

家に帰ると靴も脱がずに床に倒れこんで、目が覚めたらそのまま仕事に戻るという日々でした。

そのうち、トイレで真っ赤な血が出るので病院で検査を受けたら、潰瘍性大腸炎と言われてそのまま入院することになってしまいました。

入院期間は2週間でしたが、当時すでに社員を30人以上抱えていて、社員の生活も懸かっていましたからとても休める状態ではなかったので、2日で帰って仕事をつづけました。

幸い、納豆が最高の食べ物と聞いて、毎日3食食べ続けて仕事に没頭していると、気が付いたら症状が治まっていました。

そして、病気を機に、自分の人生について深く考えたそうです。

子供のころからお金の苦労が絶えなかった上に、借金をしたり、事業で行き詰ったり、離婚をしたり、数え上げたら切りがないほど、なぜこんな試練ばかり起こるのかと。


酒井さんが試練から学んだこと

自分がいかに自己中心的な人間だったかということに気がついたそうです。

家が貧しかったこともあり、人を蹴落としてでも上に行きたい、金儲けがしたいという気持ちがとても強かったのです。

いろいろな問題に次々と見舞われてきたのは、これでもわからないのか、これでもわからないのかと、そのことを気づかせるために降りかかってきたことに気づいたのです。

ですから、問題が訪れた時、それをどう受け止めるか、どう動くかが大切だと思うのです。

いまは、起こる問題に感謝して解決の努力をすれば、絶対に越えていけるものだと確信しています。

幸せになるために問題が起こる

その考え方、その行動、その仕事の仕方、その経営の仕方が間違っているよ、と問題を通じて教えてくれていると思うのです。

そう考えると、そんなに問題も起こらなくなってきました。

いや、起こる問題に感謝するようになって、問題と思わなくなったのかもしれません。

いま幸せでないというのは、どこか考え方や行いが間違っていると思います。

相手の立場になってものを考えると、大体そこに答えがあります

人間が行き詰るのは、結局自分のことばかり考えているからで、逆に相手のことを一所懸命考えていたら、幸せになっていくと思います。

(参考:『致知』2017年5月号)

酒井宏明さんのお話からは、利己的(自分中心)な生き方ではなく、利他(他人のため役に立つ)の生き方が幸せになる秘訣であること、試練といえるような問題が起きた時にその問題に感謝の気持ちをもって解決の努力をすることで必ず乗り越えられることを学ぶことができます。