辛いことや苦しいことが起きた時に、そのことから逃げよう、避けようとしても、なかなかうまくいきません。

例えば、会社の上司や同僚との人間関係が上手くいかないときに、それを回避しようとすれば会社を辞めるしかありません。

しかし、簡単に会社を辞めるという選択はできないと思います。

辛いことや苦しいことは神様が与えてくれた試練であり、この試練を乗り越えることで人間として一歩成長ができるのだという理解ができれば、辛いことや苦しいことに対してむしろ感謝の気持ちを持つことができるようになります。

そして、このような試練に感謝の気持ちを持つことができれば、試練は試練ではなくなります。

3,000年以上前に地上を去った高級霊シルバーバーチは、このことを次のように述べています。

私は、苦しみさえすれば自動的に人間性が磨かれるとは決して申しておりません。

苦難は地上にいるかぎり耐え忍ばねばならない、避けようにも避けられない貴重な体験の一つで、それが人間性を磨くことになると言っているのです。

たびたび申し上げておりますように、晴天の日もあれば雨天の日もあり、嵐の日もあれば穏やかな日もあるというふうに、一方があれば必ずもう一方があるようになっているのです。

もしも地上生活が初めから終わりまで何一つ苦労の無い幸せばかりであれば、それはもはや幸せとは言えません。

幸せであることがどういうことであるかが分からないからです。

悲しみを味わってこそ幸せの味も分かるのです。

苦難が人生とは何かをわからせる手段となることがよくあります。

苦難、悲哀、病気、危機、死別、こうしたものを体験してはじめて霊的な目が開くのです。

そして、人生観、宗教観、それに物の観方が確固とした知識を土台としておれば、いかなる逆境の嵐が吹きまくっても動じることはないはずです。

これも人生の一コマだ、全てではなくほんの一部に過ぎないのだという認識ができるからです。

(引用;シルバーバーチの霊訓(8)より