艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉(たま)にす

艱難(かんなん)こそが人を磨くことは古来、多くの先達がさまざまに述べていることです。

ある人問う、人艱難にあう、これ不幸なる事か。曰く艱難はまた事を経ざる人の良薬なり。心を明らかにし、姓を練り、変に通じ、権に達する。まさにこの処にありて力を得」(『格言聯璧(れんぺき)』)

艱難にあうのは不幸なことではない。これは人生経験の少ない人の良薬である。艱難を経験することで人は心を明敏にし、性格を練り鍛え、変化に対応する知恵を身につけ、物事を計画する力を養うことができる。まさに艱難によって人は力を得る。

坂村真民さんには、若い頃病魔に侵され生死の境をさまよわれる中で詠まれた詩があります。

苦がその人を 鍛えあげる 磨きあげる 本ものにする

幾度も艱難を乗り越えて覚者となられた常岡一郎さんの言葉です。

逆境はつねにいつでも自分の敵ではない。ときには恩師となって人生に尊いものを教えてくれることがある。心の親となって自分の本質を守り育ててくれる。不幸、病気、逆境は大成する人格を育てる落ち葉である」(『常岡一郎一日一言』)

窮達(きゅうたつ)は命(めい)なり。吉凶(きっきょう)は人に由(よ)る。

困窮したり、栄達に恵まれたりするのは運命であり、どうしようもないことだ。しかし、その困窮、栄達を吉にするか凶とするかはその人次第である。

(引用:『致知』2017年3月号より)

まさに艱難こそが人を磨き、魂を磨くのです。

このことが本当に理解できれば、逆境に対して感謝の気持ちをもって対処し、乗り越えていくことが出来るようになります。

そして、人は乗り越えられない試練は与えられないということを肝に銘じておきましょう。