良心に従って生きる

人は誰でも良心というものを携えています。

何か悪いことをしたときに、心が痛むということは誰でも経験したことがあるのではないでしょうか?

こんな事をしたらいけないのではないかと思い止まるのは、良心に従ったことになります。

こんな事をしたらいけないのではないかと思いつつ、やってしまうことは良心を無視したことになります。

そして、因果(原因結果)の法則により、それ相応の報いを受けることになります。

霊界から地上の生活について、永遠の真理や正しい生き方などを伝えた『シルバーバーチの霊訓』という書籍にも、以下のように記載されています。

地上においても霊界においても、道徳的、精神的ないし霊的問題に関連してある決断を迫られる事態に直面した時、正常な人間であれば”良心”が進むべき道について適確な指示を与える、というのが私の考えです。

神によって植え付けられた霊性の一部である良心が瞬間的に前面に出て、進むべきコースを指示します。

問題は、その指示が出た後から、それとは別の側面が出しゃばりはじめることです。

偏見がそれであり、欲望がそれです。

良心の命令を気に食わなく思う人間性があれこれと理屈を言い始め、しばしばそれを”正当化”してしまいます。

しかし、いかに弁明し、いかに知らぬふりをしてみても、良心の声がすでに最も正しい道を指示しております。

(引用;シルバーバーチの霊訓〈6〉より)