98歳の今も一遍上人の開いた時宗第74代法主として、各地で説法を続ける他阿真円上人は、戦場で死線を越えて一遍上人の教えの神髄を悟られたそうです。

一遍上人には「捨ててこそ」という教えがあります。

捨てるというのは、捨て鉢になったり、どうでもいいと投げやりになることではありません。

すべてを阿舎利様にお任せするということです。

他阿上人は、戦争でビルマに赴いた際に、悪性のマラリアになり、軍医からは「もうダメだ」と言われましたが、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とひたすら繰り返すうちに、奇跡的蘇生することができました。

そうやってすべてを阿弥陀様にお任せすると、目に見えない大きな力が働いてくれるそうです

つらい時には「しっかりせえよ」と励ましてくれるし、うれしい時には「よかったな」と一緒に喜んでくれます。

うれしい時も悲しい時も阿弥陀様がちゃんといいようにしてくれます

戦争が終わり、日本に帰ることになった時にも、「捨ててこそ」という教えが活きたそうです。

終戦当時、他阿さんがいた兵舎は港から40キロも離れていて、しかもインドネシアは独立運動でどこへ行っても「ムルデカ(独立)」という、とても危険な情勢でした。

はじめに10人の同僚が車両に機関銃を載せて偵察に行きましたが、帰ってこない。

翌日に、第二陣が倍の人数で出かけましたが、やはり戻ってこない。

他阿上人は、武器を備えて行っても、またやられてしまうと考えました。

目的は道路がどういう状況になっているかを調べるためであり、「全部を捨てて、無になって行け」という阿舎利様の声が聞こえたような気がしたそうです。

他阿上人は部隊長に志願して兵舎で飼われていた白馬を貸してもらい、キャラメルやら煙草やら、現地人がほしがるようなものを積んで出かけました。

もう生きては帰れないかもしれないけど、この偵察に3,000人の同僚が日本に帰れるかどうかが懸かっている。

最後のご奉公と思い「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と繰り返しながら出かけました。

はじめは、恐怖で一杯でしたが、現地の子供が不思議そうな顔をしてついてくるので、まず子供と仲良くしようとキャラメルをあげたら、次から次へと手が伸びてきました。

やがて、大人も寄ってきて、その中にいた元兵補の案内で犠牲になった偵察隊が埋葬されているところへ行ってお経をあげました。

そして村長を紹介してもらい、他阿上人が来た目的を一所懸命、全身全霊で説明したらわかってくれて、「あなたたちには恨みもないから無事に帰れるようにしよう」と協力を取り付けることができました。

その時に初めて、「ああ、捨ててこそということはこれなんだな」と身をもって理解できたそうです。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と一心に称えることで、生も死も乗り越える力を与えられて救われたわけですが、あれは不思議な力、他力以外にあり得ないとおっしゃっています。

現在は、「私みたいな気の小さい男でも、100歳近くまで無事に過ごさせてもらってありがたいな」と感謝しながら心穏やかに丸くなっていくとおっしゃっています。

(参考文献:『致知』2017年4月号より)