退職自衛官を中心とした「日本地雷処理を支援する会(JMAS)」は、カンボジアやラオス、パラオ、パキスタンなど世界6か国で地雷や不発弾を処理している団体です。

現地で活動する退職自衛官は、現役時代に地雷や不発弾処理に携わってきた高度な技術を持つ専門家ですが、平均年齢は64歳、最高齢は70歳です。

世間では悠々自適の生活に入る年齢の退職自衛官が、なぜ危険の伴う現地へと赴くのか。

その原点は同会設立の経緯にあります。

自衛隊が初めて国際平和維持活動(PKO)に参加した1991年。

その際、内戦などにより世界有数の「地雷・不発弾汚染国」と呼ばれていたカンボジアに派遣された自衛官が目にしたのは、地雷によって手足を失った子供たちや不発弾の爆発によって次々と命を落としていく住民たちの現実でした。

しかし、当時の政府の方針もあり、自衛隊は橋や道路などの復旧作業にしか携わることができず、自衛官たちは不発弾や地雷で傷ついていく住民をただ見ている他ありませんでした。

そうした中で退官を迎えた自衛官から、やがて「戦争の後始末は戦争を知っている者がやるのが常識だ」「自分の技術を社会のために役立てたい」「人生の仕上げの段階で悔いを残したくない」との声が上がり始め、10数名の退職自衛官の有志によって発足したのがJAMSです。

とはいえ、「下からの声」で発足したため、政府や行政の援助があるわけでもなく、資金の工面など苦しい船出でした。

それでも皆で私財を出し合い、何とか2002年にカンボジアから本格的に活動を開始しました。

その後も、2005年にラオス、2006年にアフガニスタン、2008年にアンゴラ、2009年にパキスタン、2012年にパラオと、事業を拡げ、現在までに約40万発の地雷・不発弾を処理してきました。

同会で活動する退職自衛官は、「自分の特技が何歳になっても社会のために生かせることは本当に幸福だ」と感じています。

同会で最高齢の70歳で活動している方が、ラオスで活動している際に脳梗塞の為一時帰国し入院しましたが、回復するやすぐにラオスへと飛び立っていきました。

気さくな性格で「いつまでもいてほしい」と現地の人々から慕われているその方の胸中には、きっと彼らの笑顔が有ったにちがいいありません。

(参考文献:『致知』2017年4月号)

この無名の退職自衛官たちの活動は、「世のため、人のために貢献する」ことのすばらしさと、その結果として自分たちも幸せになれることを教えてくれます。