岩崎さんが高校1年生の時に、父親が連帯保証人になっていた債務者が逃げたため、莫大な借金を背負うことになってしまいました。

岩崎さんも地下足袋をはく現場作業や家庭教師などのアルバイトを掛け持ちして、借金返済に協力しました。

幸い、大学進学や留学など、費用は自腹でしたが、やりたいことも諦めずにできました。

そして、11年かけて全額返済した時には、くす玉を作り全員でお祝いしました。

ところが、その数か月後に家が火事で全焼し、父親が植物状態になってしまいます。

火災時に父親以外不在だったことから、保険金目当ての殺人未遂ではないかと疑う人もいたそうです。

10年以上努力し、ようやく掴んだ幸せが1瞬にして消え去り、この世に神様はいないと思わざるを得ませんでした。

そんな中、消防関係者から「不幸中の幸いだったね」と声を掛けられました。

最初は何が幸いなんですかと言い返してしまいましたが、類焼を出さなかったこと、父親の救出があと数分遅れたら命は助からなかったことなど、数々の奇跡が重なっていたことを知らされました。

その瞬間、カチッと音がするくらいに脳内のスイッチが切り替わったような感覚を抱きました。

失ったものばかりに囚われていましたが、自分たちがどれだけ守られていたのかに気づき、感謝の思いが止めどもなくあふれてきたのです。

必死で治療を続けてくれる病院の先生、応援してくれる数多くの人々。

ある女性経営者からは200万円という大金をもらいました。

添えられていた手紙には、こうつづられていました。

「このお金は返さないでください。だから名乗りません。あなたが返せるようになった時に、今度はあなたが必要としている人を助けてあげてください」

それを見た時、自分もそのような女性になりたいと経営者になることを決意しました。

様々な人に支えられ、奇跡的に意識を取り戻した父親は、目覚めた瞬間、涙して喜ぶ家族や友人がいることに気づいたのでしょう。

その後、地位や財産を失っても、それらでは計り得ない「存在」の尊さと価値を自分が自分に認めてあげることの大切さを各地で講演して回りました。

火事から1年10か月後に父親は亡くなりましたが、その姿から生きる勇気や、人は生きているのではなく生かされていることを教えられたそうです。

岩崎さんが父親が亡くなる1か月ほど前に起業のことを伝えると、「やるなら儲かることじゃなくて好きなことをやれ。好きなことは続くから」と言われたそうです。

その後、岩崎さんは、語学学校とウエディング事業を立ち上げ、16年間毎年黒字を計上することができているそうです。

(参考:『致知』2017年5月号)

天は乗り越えられない試練を与えないと言いますが、岩崎さんの家が火事になった時に類焼を出さなかったことやお父さんが生きて救出されたことなど、数々の奇跡が重なっていたことはまさに天の配慮だと思います。

また、谷が深ければ深いほど、次に訪れる山の頂は高くなると言われますが、岩崎さんも辛い経験を乗り越えた後に、今ではご自分の事業で大きな成功を収め幸せな日々を送っています。