ある大工の話
昔、ある裁判官が自分の家の板塀をつくろうとして「材料はこちら持ち、1ドル半の手間賃だけでこしらえてもらいたい」と広告を出しました。
なかなかこの条件で受けてくれる人はいませんでしたが、ようやく1人、やりましょうといってきた者がいました。
裁判官が、「粗削りでざっとでいいのだよ。1ドル半しかださないのだからね。」というと、この男は「よろしゅうございます」と承知して仕事に取り掛かりました。
仕事の様子を見ると、実に丁寧に、念には念を入れてきれいに削っています。
裁判官が役所に行って帰ってくると、板塀がちゃんと出来上がっていました。
しかも立派なものでした。
これならもう半ドル増しにしてくれというに違いないと思ったので、裁判官は先手を打ちました。
「どうも念の入れ過ぎだなあ。こんなに丁寧にしてくれとは頼まなかったはずだが」
「丁寧にしては悪かったですか」
「別に悪いわけじゃないが、いくら念を入れてくれても、約束通り1ドル半しかお金は払わないよ」
「はい、結構でございます」
「こんなに手間をかけて損ではないか」
「損は損かもしれませんが、安いからといって仕事を粗末にすると、賃金を損した上に、自分の良心を損しなければなりません。
大工として仕事をする以上、仕事に精魂打ち込んで、自分でよくできたと満足しないと私の気が済みません。
賃金が安いからといって、いい加減な仕事をすると、賃金を損した上に、私の性根まで損しますのでね」
これを聞いた裁判官は、いい心がけの大工だと、その後裁判所を立てるときに、もっとも信用ある大工としてこの者を推薦しました。
(参照:あの斎藤一人さんが「7回読みな」と勧めた「人生を創る言葉」)