JXホールディングス名誉顧問の渡文明(わたりふみあき)さんが『致知』2017年2月号の「私の座右銘」というコーナーで、逆境によって人は成長することをご自身の体験を通して書かれています。

以下抜粋です。

私が”劇症肝炎(げきしょうかんえん)”と診断され、緊急入院を余儀なくされたのは、第一次オイルショックが収まりつつあった昭和50年12月20日のことでした。

当時39歳の私は、日本石油(現・JXホールディングス)のガソリン担当の係長として、便乗値上げなどが発生しないよう石油の安定供給のために身を粉にして働きながら、同時に労働組合の本社支部副委員長も務めるなど多忙を極めていました。

深夜の2時、3時に帰宅するのは当たり前で、眠り薬の代わりにジャンボサイズのウイスキーを1週間で空にするほどあおっては眠りに就く。

そのような激務の中で、体がだるいなと思ったら、真っ茶色の小便が出始め、そのうちに大便も真っ白になったのです。

39歳といえば課長に昇進する一歩手前というところ。

私は病室の天井を見上げ「俺の仕事人生は終わった」と絶望感に苛(さいな)まれました。

しかし、1か月ほどして「これはこれで私の定められた人生だ」と達観すると、こうなったら本でも読んでやろうと決心し、人生最大といえるほど手当たり次第に本を読んでいきました。

その中でも特に私の心の支えとなったのが司馬遼太郎氏の「峠」でした。

主人公の河井継之助は、越後長岡藩主・牧野家の中堅どころの家臣に生まれながら、家老上席まで上り詰めた人物です。

長岡藩の近代化を成し遂げ、幕末の雄藩の一つにまで押し上げますが、大政奉還後は新政府との北越戦争で奮戦するも敗北。

長岡藩は壊滅的な被害を受けます。

毀誉褒貶(きよほうへん)のある人物ですが、過労死寸前まで働いていた当時の私にとって、武士として最後まで清く正しく、公のために迷いなく身を投げ出した河井継之助の生き様が、非常に強く心に響いてきたのです。

結局、療養のため1年を棒に振りましたが、職場に復帰する頃には、出世へのこだわりも消え、周囲から何と言われようとも会社のために正しいと思ったことは主張し、一所懸命行動していこうと、怖いものは何もなくなっていました。

その姿勢が認められたのか、41歳の時に同期の第一選抜より2年、標準より1年遅れで販売2部燃料課の課長代理になりました。

こうした体験から私が学んだのは、「逆境が人を創る」ということです。

人間は逆境などの限界状態に直面した時に、そのままだめになっていく人間と、逆境を起爆剤にさらなる成長を遂げていく人間に分かれていく。

そして、常に自らを限界状態に追い込み、成長し続けていくためにはどうすればよいだろうかと考えた末、私が人生の指針とするようになったのが「有言実行」という言葉です。

以来、私は「有言実行」を座右の銘に、高い目標を掲げては周囲に公言し、退路を断って何事にも誠心誠意、真剣勝負で取り組んできました。

まさに一病息災、病気が無かったならば今日の私はなかったことでしょう。

(引用:『致知』2017年2月号「私の座右銘」より)

逆境が人を創るということを改めて学びました。

天は、乗り越えられない試練は与えないということを改めて教えてくれます。