かものはしプロジェクト共同代表の村田早耶香さんが、児童買春から子どもたちを守るために立ち上がったのは弱冠19歳の時でした。

この活動を村田さんが始めたきっかけは1人の少女を知ったことでした。

2001年6月、大学2年生の時です。

ある授業で新聞記事が配られ、ミーチャという女の子の話が載っていました。

お父さんは体が悪くお母さんは病気で亡くなっていて、長女であるミーチャしか働き手がいなかったため12歳で出稼ぎにいったところ、騙(だま)されて買春宿に売られてしまいました。

逃げ出せないまま強制的に働かされて、結局HIVに感染してエイズを発症してしまい、20歳で亡くなりました。

彼女が最後に言ったのが「学校っていうところに行って、勉強っていうものをしてみたかった」という言葉でした。

「同じ時代に生きているのに、生まれた場所が違っただけで、私と同世代の女の子が1回も学校に行けずに亡くなった。

一方の私は、高い学費を払って嫌々勉強している。

この違いは何なんだろう。」

この時に受けた衝撃を忘れることができませんでした。



村田さんは実際に現場を見てみようと思い、大学の夏休みに東南アジアに行きました。

カンボジアの被害者施設で、ある6歳の女の子に出会いました。

まさかそんな幼い子までいるとは思いませんでした。

その施設で保護されている女の子たちは体を売らせるために日常的に虐待を受けていたというのです。

それが殴る蹴るだけではなくて、電気ショックを与えられたり、麻薬漬けにされて、たとえ逃げても麻薬が切れたら戻ってこざるを得ない状態にしてしまったり。

あとは、脱走した少女が見せしめのために他の子どもたちの前で殺されたり。

そこで出会った6歳の女の子はとても懐(なつ)いてくれて、村田さんが施設から帰る時は泣きながら別れを惜しんでくれました。

何でこんないい子が施設に来なければいけないのか。

カウンセラーの人に聞いたら、貧しい家庭に生まれ、親に100ドル(約1万円)と引き換えに売られたそうです。

その後、村田さんがその6歳の少女に再び会いに行った時のことです。

その子は自主的に施設を逃げ出してしまったと言われました。

自分が売春宿にいないことが借金取りにばれ、親が殴られているという話をどこから聞きつけ、親のために自ら売春宿に戻ったのです。

このような児童買春の被害は表に出にくく正確な人数の把握は難しいのですが、毎年18歳未満の被害者が世界で180万人ほど出ているそうです。

主な加害者は外国人観光客で、自分の国で子どもが買えないため法律の規制が緩い発展途上国に来て、子どもを性的に虐待し、自国で写真とかビデオを売っているそうです。

加害者の中には日本人も多く含まれていたそうです。

村田さんが幾多の困難を乗り越えて活動を続けてこられたのは、被害者の子どもたちと友達になってしまったことが大きいと言います。

これが本で読んだだけであればまだ見過ごすことができたかもしれませんが、実際に知り合った子が、しかも自分と同じくらいの年齢の子が被害に遭って苦しんでいるということが許せなくて、何とかしたいという思いだけでこれまでやてきたそうです。

(引用;『致知』11月号)