今から3,000年以上前に地上を去った霊界からの使者シルバーバーチは、「神は耐えきれないほどの苦しみは与えないとおっしゃったが、自殺に追い込まれる人は耐えきれない苦しみを受けるからではないでしょうか」との質問に対して、次のように答えています。

それは違います。

説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。

いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。

が、この問題は今はわきへ置いておきましょう。

いずれにせよ、このケースはごく少数です。

大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であると言ってよいと思います。

果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばん楽な方法だと考えるわけです。

ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。

そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。

その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。

その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。

しかし、私がいつも言っているように、いちばん大切なのは動機です。

何が動機で自殺したのかということです。

ままならぬ事情から逃れるための自殺は、今述べた通り、そう思惑どおりにはいきません。

が一方、時たまあるケースとして、動機が利己主義でなく利他主義に発している時は、例えそれが思い過ごしであったとしても、さきの臆病心から出た自殺とはまったく違ってきます。

いずれにせよ、あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。

みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。

いったん書き記(しる)したものは二度と書き換えるわけにはいきません。

ごまかしはきかないのです。

自分で自分を処罰するのです。

その法則は絶対であり不変です。

だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。

いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。

その気になれば必ず光が見えてきます。

魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。

責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。

背負いきれないほどの荷は決して負わされません。

なぜなら、その荷はみずからの悪行がこしらえたものだからです。

けっして神が”この人間にはこれだけのものを負わせてやろう”と考えてあてがうような、そんないい加減なものではありません。

宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。

となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くことも出来るのが道理のはずです。

つまり、悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。

確かに結果的に見ればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において私がさきほどから言っている”責任からの逃避”の心理が働いていたのです。

もしもその人が何かにつまづいた時点で”自分は間違っていた。やり直そう。そのためにはどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう”と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです

ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。

それが事態を大きくしてしまうのです。

そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。

ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。

問題はスタートの時点の心構えにあったのです。

(引用:シルバーバーチの霊訓(9)より)

霊に憑依されている場合もあるということに少し驚きました。