今年の4月17日に亡くなった上智大学名誉教授の渡部昇一さんは、上智大学に入学した夏休みに実家に帰ると父親が失業しており次年度以降の授業料を払えないと告げられます。

そのような状況の中で大学に残る道は一つしかありません。

授業料を免除される特待生になることです。

渡部昇一さんは、その特待生になろうと決心しそこから猛勉強を始めました。

どの講義も必ず1番前の席に座り、私語などの雑音が一切入らないようにして、一所懸命ノートを取り、集中して先生の話を聴きました。

講義が終わると、すぐに復習します。

分からないことがあれば先生に質問し、参考書を読みました。

徹底して勉強に打ち込んだ結果、半年後の学年末試験では、すべての科目で100点に近い点数を取ることができ、2番目の学生にトータル200点以上の差をつけるほど、ダントツの成績を修め特待生になることができました。

そして、2年生の時、留学の話が舞い込んできました。

これは成績上位3名が選ばれるというものでした。

渡部昇一さんは特待生だから当然行けるものと思っていたのですが、留学メンバーから外れてしまいます。

理由は、渡部昇一さんはソーシャビリティー(社交性)がないということでした。

お金がなかったため、4年間、映画を見に行ったことが1度もなく、洋服や靴、カバンなども一切買いませんでした。

選考したアメリカ人の先生には社交性がないように映ったのでしす。

渡部昇一さんは卒業するまでずっと学年1番でありながら留学の機会を与えられず、成績下位の学生たちが次々とアメリカへ留学したのです。

渡部昇一さんがようやく留学を果たせたのは、大学院を卒業した翌年、25歳の時でした。

ドイツ人の英文科の先生の助手を務めていましたが、ある日ドイツ語の雑誌を渡され、「ここの文章を英語に訳してみろ」と言われました。

非常に訳しにくい単語が綴られていたのですが、運が良いことに前日に偶然サミュエル・スマイルズの『自助論』をドイツ語版で読んでいて、その時に覚えたばかりの単語が出ていたのです。

渡部昇一さんがすらすら訳すと、「きみ、ドイツの大学に行く気があるか」と声をかけられ、その場でミュンスター大学への留学が決まりました。

さらには、同じ時期にイギリスのオックスフォード大学の学寮長の通訳を務める機会を得て、それがきっかけとなり、後年オックスフォード大学にも留学することができたのです。

このような経験を踏まえて、渡部昇一さんは次のように述べています。

逆境に処する態度が運をつかむうえで極めて重要です。

どんな逆境に遭っても、決して天を怨(うら)まず人を咎(とが)めず、自らを信じて心穏やかに道を楽しむ

これは天命だ」と受け入れる。

そうすると、霧が晴れるように視界が開け、天から梯子が下りてきて、思いもよらない幸運に恵まれるです。

(参照:『致知』2017年6月号

「天から梯子が下りてくる」という言葉は、渡部昇一さんがよく使う言い回しですが、努力は必ず実る、思考は現実化するなどと同じような意味です。

為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)