35年にわたり身寄りのない貧しい子供たちに無償で食事と居場所を提供し続け、”広島のマザーテレサ”と呼ばれる中本忠子さん。

中学校のPTAの役員になったことをきっかけに、警察からの依頼を受けて保護司になりました。

保護司になって2年後にシンナー中毒の少年を担当することになりました。

中学生ですが、顔は青白くやせ細っていて、体にシンナーの匂いが染みついていました。

シンナーを止めさせようと説得しても、最初は言うことを全然聞きません。

ある時「なんで、そんなにやめられんの?」と聞くと、「シンナー吸うとお腹がすいとることを忘れられるから」と答えました。

その子は父子家庭でアルコール依存症の父親が食事をろくに与えていませんでした。

「じゃあご飯食べたらシンナー止められる?」と聞くと、「たぶん」と答えます。

中本さんはその日の晩から毎日、自宅で食事を与えるようにしました。

その子はシンナーを止めて、万引きもしなくなったのです。

それはいいのですが、その子が友達をたくさん連れてくるようになりました。

最初は長い期間続ける気はなかったのですが、子供たちの顔を見たり、子供たちの環境を考えると、もし中本さんがやめたらこの子たちは誰が面倒見てくれるのだろうかという気持ちになったそうです。

中本さんの家に来る子は親が薬物依存症やアルコール依存症とか、刑務所に入っているとか、暴力団関係者とか、売春をやっているとかいう子です。

あるいは、虐待を受けていて居場所がないとか、親が料理をつくる姿を見たことがないとか、貧しくて家の水道・電気・ガスが止まっているとか、学校の給食費も払えないとか、家庭環境に恵まれない子ばかりです。

満足に食事を取ることができないから、空腹を満たすためにやむを得ず万引きや恐喝、暴力を起こしてしまう。

人は食べないことにはイライラが募って悪いほうに向かってしまうし、逆にお腹がいっぱいになれば悪いことは考えません。

おいしいものを食べてお腹が満たされたら、心まで満たされて幸せな気分になります。

それで、中本さんは子供たちの再非行と非行の防止を支援しようと思い、「食べて帰ろう会」を立ち上げました。

中本さんの家に来たばかりの子は箸を持てない子がいます。

スプーンをくれと言い、食卓に茶碗を置いたまま食べます。

魚の骨を取ることができないから、魚が食べられません。

お米を食べたことがない子もいます。

親が共働きだと、子供には勝手に夕飯食べてて言ってコンビニやスーパーの弁当をポンと置いておきます。

もっと、ひどい家だと食べるものすらありません。

一家団欒で食卓を囲むということがない家庭もあります。

そういう子供たちが中本さんの家でご飯を食べて、勉強しようという力が湧いてきたとか、不登校だったのが学校に行くようになったとか、何日かに1回家に帰るようになったとか。

そういう成長していく子供たちの姿が中本さんの活動の源泉になっているそうです。

このような中本さんの生き方に影響を与えたのが、お父さんです。

中本さんのお父さんは戦中・戦後の食糧難の時代に、自分はカボチャやサツマイモを食べて、中本さんたち家族には銀飯を炊いて食べさせてくれるような人でした。

そのお父さんが中本さんにしょっちゅう言っていたのが、「人のために汗をかけ」と「人間の真の優しさとは見返りを求めない心。見返りを求めるのは優しさじゃない」という二つの言葉でした。

この教えが染みついているから、中本さんは人から言われて嫌なことは人に言わない、人からされて嫌なことは人にしない、人に何かをする時は見返りを求めないという心構えで生きているそうです。

中本さんは、次のような言葉で締めくくっています。

「うちに来るような親に愛された経験の少ない子ほど、人に優しくしたりできないと思うの。

だから、私はそういう子供たちをこれからも気持ちよく受け入れてあげたい。

今年83歳になるんだけど、元気でいる限り、私を必要とする子供が1人でもいる限り、この老骨に鞭を打って、子供たちのために働き続けていきたいです。」

(参考:『致知』2017年5月号)

市井に住む無名の人たちの中に、こんなに立派な人がいるんですね。

中本さんの爪めの垢を煎じて飲みたいです。