平成21年に「凛の会」という組織が障害者団体を装って、格安料金で郵便物を発送していました。

その「凛の会」の偽の障害者団体証明書を発行した疑いで当時の厚生労働省の係長が逮捕されて、取り調べが進むうちにすべて村木厚子さんの指示で行われたことになり、村木さんはマスコミに追いかけられどこにもいられない状況になりました。

20日後に検察から呼び出しを受けた時には、これでわかってもらえると思ったそうですが、半日取り調べを受けた後で「あなたを逮捕します」といわれてしまいます。

すぐにご家族に知らせなければと思いましたが、ご主人は海外出張中でした。

自宅にいる娘さんがテレビをつけたら母親の逮捕が報じられていたという状況だけは避けたかったので、検事から「家族への連絡はこちらからするので、連絡先を教えてほしい」と言われた時に、電話番号を探すふりをして、ご主人にこっそり「たいほ」と3文字だけ送信しました。

そのまま拘置所に連れていかれたので、そこから先は自分では何もできなくなりました。

「人って一夜にしてこうなるんだ、一つの瞬間を境に全く違う立場に置かれるんだ」ということを思い知らされました。

取り調べは20日間、毎日午後の早い時間から始まって、夕方の食事を挟んで夜の9時か10時くらいまで続きました。

公務員でしたから取り調べにはきちんと協力するつもりだったそうですが、どこかで罠にはめられるんじゃないか、自白を取られるんじゃないかという恐怖があって、苦しい戦いだったそうです。

取調室で机を挟んで検事と向き合ういますが、相手はプロですから本当に緊張しましたそうです。

検事に聞かれたことに対して村木さんが答え、検事がとったメモをベースにパソコンで供述調書が作られます。

打ち出されたものを確認してサインをしますが、その内容が村木さんが言った通りではなく、検察側の都合のいいところだけをつないであったりしたそうです。

時には一言も言っていないことが書かれていました。

それを少しでも真実に近づけるために訂正の交渉をするのですが、本当に神経の磨り減る思いだったそうです。

毎日ヘトヘトになって部屋に戻ると、壁に貼ってあるカレンダーを見ては1日終わった、2日終わったと確認する日々でした。

カレンダーを眺めても拘留期間が減るわけではありませんが、眺めずにはいられなかったそうです。

仲の良い人が差し入れてくれた、千日回峰を2回も満行した酒井大阿闍梨(だいあじゃり)の『一日一生』という本の中に、すべては一日の積み重ね、きょう一日を大切に生きるという教えがあり、それがものすごく救いになったそうです。

それまでは、いつまで続くかわからない戦いを頑張らなきゃいけないと思っていたそうです。

その本を読んでからは、きょう一日頑張ればいいんだ、と毎日気持ちを切り替えて取り調べに望むようになりました。

そう考えるようになると、同じ状況でもまるっきり景色が違って見えるんだそうです。

二人の娘さんの存在も大きかったと振り返っています。

将来困難に出逢った時、あの時お母さんも頑張ったんだから、自分たちも頑張ろうと思ってくれるように、最後まで負けちゃいけない。

とにかく諦めない姿を娘たちに見せようと思ったそうです。

娘さんたちのためと思うと意外に強くなれて、最後まで頑張り通せる自信が湧いてきたそうです。

逮捕されてからは、すべて支えられる側になってしまったんですけど、そんな村木さんにもしてあげられるものが見つかった。

「これは大きな心のつっかえ棒になりました。」と述べています。

拘留が164日続いた後、平成21年11月24日に保釈されました。

年が明けて始まった裁判では、検察側の証人として出た人たちが次々と供述調書の内容を覆(くつがえ)して村木さんの関与を否定する証言をしてくれたので、平成22年9月21日に無罪判決が下りました。

すぐ後に、大阪地検特捜部主任検事の証拠改ざん事件も発覚して、検察が控訴を断念して村木さんの無罪が確定しました。

判決後に、村木さんは酒井大阿闍梨に会う機会があり、なぜ自分にあんな事件が降りかかってきたのか聞いてみたそうです。

大阿闍梨は「あなたは仏様に論文を書かされたんだよ」って穏やかな笑顔で諭されて、深く納得したそうです。

最後に、村木さんはこう述べています。

私は平凡だけが取り柄ですけど、そういうものの積み重ねって結構大きいですよ。

だから自分で自分を縛ったり、自分の力を決めつけたりしないで、可能性を信じて前へ進み続けることが大事なんでしょうね。

(参照:『致知』2017年6月号

村木さんの経験からは、「天は乗り越えられない試練は与えない」、「人は自分の為よりも他人の為に行動した時に、より強い力を発揮できる」ことを学ぶことができました。