その社長は恵まれた家庭に育ち一流大学へ進みますが、自分は何のために生きているのかという問題に直面し、一時は自殺寸前に追い込まれるなど辛い青年時代を過ごします。

悶々とした気持ちを抱えながら、彼は知的障碍の少年たちをが活動している施設で働くことになりました。

お昼の休憩時間、新しくスタッフとなった彼の周りに少年たちが集まってきて「○○さんはどういう人?」「どうしてここに来たの?」などといろいろな質問をしました。

「何をしても面白くないし、嫌なことばかり続いて、生きているのも嫌で死んでしまいたい時もあるんだ」

彼はそれまで誰にも話さなかった心の内を思わず吐露しました。

すると、彼の話を熱心に聞いていた少年の1人が目を輝かせながら、

「じゃあ僕たちの方が、よほど幸せなんだね」と答えました。

この一言は彼に大きな衝撃を与えました。

そして人の幸せとは自分の思うとおりになることではなく、既に与えられているもので、それが見えるか見えないかは自分の心次第だと気づかされたのです。

不満や不安などによって目が覆われていたために、幸せの本質が分からないまま生きてきた自分を恥ずかしく思いました。

彼は少年を迎えに来た母親に、

「僕はさっきこの子からこんな大切なことを教えてもらったんですよ。

自分たちの方が幸せだと言った時の、この子の目の輝きが忘れられません」と話しました。

聞いていた母親はハッとした表情を浮かべながら、こう答えました。

「この子が生まれてから、私は何でこんな子が生まれたんだろう、障碍をもって生きる一生は不幸そのものではないか、どこに生きる意味があるのだろうかと、そのことばかり思って生きてきました。

しかし、いまあなたの話を聞きながら、たとえ一瞬であってもあの子が誰かのために希望を与えられたとしたら、生まれてきた意味は十分にある、生きている価値は十分にあると思いました」

少年の言葉とこの母親の言葉は、彼が新しい人生を歩む上での原点になりました。

そして、それを心の支えに生きる中で、多くの人たちをリードする社長という立場になったのです。

今では、仕事をする上でいろいろ辛いことが起きたとしても、その一つひとつにすべて意味があると自分に言い聞かせています。

怒りたくなる出来事に遭遇しても、「ここにも何か深い意味がある」という言葉に立ち返ることで、心が静まっていく感覚を覚えるそうです。

(参考:『致知』2017年5月号)

「人の幸せは自分の思うとおりになることではなく、既に与えられているもので、それが見えるか見えないかは自分の心次第である」というこの社長の言葉は、老子の「足るを知る者は富む」にも通じるもので、現状に満足できるようになることが人としての成長の証だと思います。

そして、この社長の言葉の通り、自分の周りに起きることにはすべて意味があり、全て原因と結果の法則に基づいて起きているのです。

もちろん、結果を引き起こしている原因はすべて自分にあります。