北川八郎さんは「繁栄の法則」のあとがきで、俳優の高倉健さんに出会い人生が一変した人の話を紹介しています。

「私は学生時代、テレビ局の撮影現場でADのアルバイトをしている時、ディレクターから高倉健さんをホテルまで迎えにいくように命じられました。

私はしぶしぶホテルに向かい、その旨を伝えてホテルの1階のエレベーター前で高倉健さんを待っていました。

ドアが開いたら「大スター高倉健」が一人でエレベーターから降りてきて、私に90度の直角で「高倉です。よろしくお願いします」と頭を下げられたのです。

びっくりしました。

ものが言えませんでした。

「こういう人が本当の大人だ」と感激しました。

撮影現場では腰を下ろさない。

何の文句も言わない。

バイト生にも気を配り、飲み物と食べ物をくれる。

衝撃的でした。

私たちみたいな軽輩にも最敬礼し尊重してくれる。

私たちは意気に感じて死ぬ気で働きました。

同時にみんなと「大人になったら、高倉健みたいになりたい」「いつの日か立派な大人になるんだ」と誓いました。

でも、すぐにはなれませんでした。

それからテレビ局のバイトを辞め、いろいろな仕事をやりました。

自分に自信がなく、虚勢を張って生きてきました。

ある日、ふと「高倉健さんの最敬礼」を思い出し、これではいけない「一からやり直そう」と決めたのです。

それから、私は変わりました。

ある会社に入り、年下の部下にこき使われても、一切文句を言いませんでした。

ある時、意地悪からか机が片付けられたことがあり、それでも立ったまま電話でセールスの仕事をしました。

その会社に入ってから、怒鳴ったり人の悪口を言うのを一切やめました。

年下のアルバイトやパートさんを大切にしました。

人に会った時は「高倉健の最敬礼」をする。

態度のでかい取引先にカッとした時はありますが「高倉健の我慢」を思い出して、健さんと同じようにじっと耐えました。

そうすると不思議なことに、怒りがほとばしり出ないようにコントロールでき始めたのです。

私は初対面の方には最敬礼をしました。

働き続け、休みも取らず、睡眠時間を減らして黙々と働きました。

そのうちに偉くなって部下を叱ることはあっても、怒鳴ることはしませんでした。

会社は上場し、私は今もその指揮を執っています。

もう高倉健さんにお目にかかることはないでしょう。

でも、あの高倉健さんの最敬礼に出会って、私は変われました。

だから高倉健さんの作品はどんなものでも全部観ます。

たとえ300本、400本でも観ます。」

この方は、元「らでぃっしゅぼーや」社長の緒方大助という方です。

(参照:繁栄の法則 その二

他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」という言葉がありますが、緒方さんはまさに自分を変えることにより、未来を変えることができたのです。

緒方を変えるきかっけとなった高倉健さんも素晴らしい人ですね。

俳優としても素晴らしいですが、それ以前に人間として素晴らしい人だったということがよくわかりました。