北川八郎さんは「繁栄の法則」の中で、私たちがこの生で人になしたことはすべて自分が受け取るように仕組まれていると述べています。

今ある境遇も今の状況も人間関係も人に対する好意や嫌悪も、人から受ける好意も悪意も、そして自分の今の健康も、すべて自分が他の人々になした同じものを受け取っていくというのです。

だから、このことを知って早い時期から人々に「良きことをするクセをつけよ」といいます。

必ず人生の後半で報われるそうです。

だから「お人好しになって、ひたすら善きことをなせ」といいます。

ひたすらの意味は「効果を求めず」ということです。

善意で生きた者が、人生の後半で大きな成果の果実を受け取るのは当たり前だといいます。

怒りから発する言葉がなぜ悪いのか。

愚痴と文句がなぜいけないのか。

後でそれがもとで必ずトラブルが生じるからです。

なぜなら愚痴と文句と不平、不満、怒り、この五つは「運の河のゴミ」だからです。

天が好きなものは、好意と善意と感謝です。

一流の人にならなくてもいいのですが、まず「怒りと愚痴と文句」の三つを克服しさえすれば、いつの間にか一流の人間になっているでしょう。

神は人間に面白いいたずらをしました。

それはすべての人間は「口に一番近いのは自分の耳」であるということです。

自分が発している言葉を一番聞いているのが自分。

目の前の部下をさんざん罵倒してスカッとするかもしれませんが、相手に与えたのと同じ量の嫌味・ストレスが自分の耳を通してわが身に打撃を与えます。

ですから、自分の吐く毎日の嘆き・文句・罵倒に苦しむのは一番たくさんそれを聞く自分自身なのです。

善き言葉・勇気・励まし・やさしさをいつも周りの人に与えましょう。

希望や生きがいを与えましょう。

「すべて自分から発した矢は二本に別れ「相手」と「自分」の両方に飛んでいく」(ブッダ)

(参照:繁栄の法則 その二

ナポレオン・ヒルの成功哲学に「人は与えたものだけを受け取ることができる」ということが書かれていますが、北川さんの言っていることと同じことだと思います。

因果律という観点からみれば、「善きことをすれば善き結果がもたらされ、悪しきことをすれば、悪しき結果がもたらされる」ということです。

この因果律は、誰もこの法則から逃れることはできない厳然たるものです。