北川八郎さんは、「繁栄の法則」の中で、居酒屋で成功した後に、驕(おご)り、自惚(うぬぼ)れにより転落てしまった経営者の話を載せています。

その若者は、接客業が好きで居酒屋を始めました。

元気の良さと海鮮料理の美味しさで人気となりいつも満席でした。

お店が3店舗まで増えてからは勢いに乗り、街の中心街や目立つところに次々と店舗を拡大していきました。

10店舗を超えた頃には、若い後輩を集めて経営塾を始めるまでになりました。

志を持ってこの世界に入ったのではなく、ただお金儲けがしたいために居酒屋を始めたので、一定のところまできて収入が増えると、タガが外れたように遊び始めました。

街の有名な社長や銀行の幹部たちとゴルフを始めたのです。

自分を一流と思い違いし、外車を何台も持ち始めました。

取り巻きと一緒に他社見学と称して他業種の夜の店に出入りし始めました。

ここまでくると欲の歯止めを持たない者の挫折のお決まりのコースで、ブレーキの利かない貨物列車になり、下り坂に入ると後ろの貨車(借金や見栄)に押されて止まらなくなってしまいました。

内心はビクビクしていたようです。

お金がいくらあっても足りなくなったのです。

その若者は倒産した後に次のように北川さんに思いを語りました。

「私は当時会社が「人のため、社員の喜びに自分の人生がある」とは全く思いもよりませんでした。

あの頃は思い上がっていました。

お金はどんどん入ってくるし、自分は経営の天才だと思っていました。

やることなすことが全部あたるのですから・・・。

銀行の支店長も頭を低くしてすり寄ってくるのです。

すべての儲けは一番苦労した自分が使ってもいいと思い込んでいました。

楽しかった10年間です。

10年目を超える頃から繁華街の中心に出した店の家賃、また別の店の重厚な設備、格好の良い内装などの見栄のツケがたまり始めました。

借入金がどんどん増えていたのです。

その頃幹部が次々に辞めて、私の店の近くで、同じような店を出し始めたのです。

殴りこんだり喧嘩をし始めて・・・そんな元の仲間に対して「どうだ!」とばかりに15店目に大きな店をこれ見よがしに作ったのがアウトでした」

と北川さんのところに税理士と2人で訪れてきました。

北川さんは次のように続けます。

会社の社是に「人の役に立ち、平和と奉仕、人の喜びと社会の充実・発展に寄与する」と掲げても全然ダメです。

経営者に志がないからです。

心の奥で、ただ利益拡大・売り上げ目標達成、お金がすべて、自分の人生の見栄・格好つけのために会社があると経営者が思っていると、生き方が雑になっていきます。

心ある幹部や良き客、人々が離れてしまいます。

それが次の兆しなのですが、気づいていないのです。

人脈作りは自分の利益のためにあるとか、経営を広げることや、儲けにつながることは何でもやろうという生き方は、車輪が外れかかった車を運転するようなものです。

心が欲でゆがんでいるから、いくらハンドルをしっかり持っているつもりでも方向が保てず必ず事故を起こします。

居酒屋の経営者は、「途中でみんな逃げていきました。

あんなに社長、社長といって持ち上げ寄ってきていたのに、あいつらは汚い。

信用できると思っていたのですが・・・」

と周りの友人を恨んでいました。

周りを悪く言う間は、いくらその人を説教しても聞く耳を持ちません。

そんな人に会うと北川さんの口は閉じたまま固い貝になってしまうそうです。

そして、北川さんは最後に次のように述べています。

自分の失敗を他人のせいにしたまま、自分の方向性の誤りに気付いていないと再興できません。

反省と感謝の言葉が出ると新しい展開が始まるのです。

「友よ、嘆くなかれ。

どんなに遠くに思えても、歩み続ければ、きっとたどり着く・・・

光の丘は、君を待っている」

(参照:繁栄の法則 その二

人間というのは弱い生き物ですので、人生が上向いてくると少しづつタガが外れて、驕(おご)り、うぬぼれといったものが頭を持ち上げ始めます。

そして、脇が甘くなり、ある時、大きなしっぺ返しを喰らいます。

最近では、コインチェックの若き社長なども良い例です。

そして、奈落の底に突き落とされたときに、目覚め、それまでの自分の過(あやま)ちに気づき、悔い改めることで人間として成長していくのです。

そして、自分が人間として成長できたと実感できたときには、成長のきっかけとなった逆境に対して感謝の気持ちを抱くようになります。

人間は困難を乗り越えることでしか、成長できないのです。

困難から逃げてばかりいては、人間としての成長は果たせません。

だから、進んで困難と思えることにチャレンジすることが大切なのです。