34歳で弁護士を志して苦節25年、61歳で弁護士になった女性Kさんが弁護士を目指したのは、本屋でたまたま手にした法学の入門書がきっけでした。

その数年前に離婚し、離婚の理由や親権について争いになった経験から法律に関心を抱くようになりました。

離別した夫からは養育費の援助を一切受けず、必死に薄給のパートを続けながら生活を送っていたため、弁護士の資格があれば仕事上で男女差別されることなく、十分な給料をもらって子供を養っていけると考えたのです。

当時は、男女雇用機会均等法の制定前で「バツイチで子供がいる30代の女性」は正社員になるのが非常に厳しい時代でした。

セクハラという概念すら認識されず嫌がらせは日常茶飯事だったこともあり、反骨心がKさんの心を駆り立てたのです。

育児とパートの傍(かたわ)ら勉強するため、時間を取れるのは子供を寝かしつけた後か、休日のみです。

隙間(すきま)時間を利用して真剣に取り組んだものの、試験には一向に受からず、気づけば10年が経過していました。

「今年こそ合格する」と覚悟して挑んだ10回目の試験では、試験日直前にパートの職を辞して勉強に専念しましたが、合格発表の掲示板にKさんの番号はありませんでした。

茫然自失となって夜遅くに帰宅し、「もう受験やめようと思う」と弱音を吐いたKさんに、中学生の息子さんはこういいました。

「お母さんの夢なんでしょ、続けたら」

結局、それから合格をつかみ取るまでに、さらに13年を要しました。

転機が訪れたのは23回目の試験の10日前のことです。

長年一緒に暮らしてきた母親が急逝(きゅうせい)してしまったのです。

その死を悼(いた)む余裕すらなく、その年の受験を諦めかけたKさんに、社会人になっていた息子さんが声をかけてくれました。

「俺が全部葬式やるから、試験を受けて」

幸い親戚の理解も得られ、1週間無我夢中で試験対策を行ったところ、遂に司法試験に合格することができたのです。

Kさんが59歳の時のことです。

Kさんは、人の何倍も遠回りをして夢をつかみましたが、離婚や薄給のパート、セクハラ被害などの経験が、弁護士として依頼人と信頼関係を築くうえで非常に役立っていると実感しています。

その経験をもとに、若い人に「その時は失敗だと思うことでも、将来必ず、すべての経験が役に立つ」と伝えているそうです。

(参考;『致知』7月号)

「すべての経験が役に立つ」いい言葉ですね。

本当にこの世で無駄なことは一つもないのです。

どんな些細な事にも意味があるのです。

ただ、それを自覚できるかどうかだと思います。