元庄屋会長 與田純次さん91歳の生きる力

元庄屋会長の與田純次さんは91歳の今も現役で経営に携わりながら、自身の戦争体験を語り続けているそうです。

そんな與田さんが一番大変だったのは、昭和23、24年頃に工場が潰れたりして、2回くらい倒産を経験したことです。

借金取りがわんさと押しかけてきて、仕事ができない。

だから言ったんです。

「私は逃げも隠れもしません。このシベリア帰りの丈夫な体を預けますから使ってください。一所懸命働かせてもらいます」と。

そうして、私に投資してくれていた友達に豆腐の製造工程でできるおからを全部提供して、そこで飼育されている乳牛の世話から何から一所懸命やりました。

要するに、借金取りのほうに私から飛び込んでいったんです。

しばらくしたら「あなたが努力してくれていることはようわかりました」と言って、借金をポンと切ってくれた。

そういうのを2、3軒やりますと、それが通り相場になりましてね。

「あんたの噂は聞いている。うちのほうはいいから」と、やっぱりバサッと借金を切ってくれた。

本当にありがたかったですね。

だから借金しても逃げたらいけない。

逆に、借金取りのほうに自分から進んでいって相談する。

その姿勢はいまでも続いていましてね。

私は嫌な仕事はこちらから飛び込んでいくんです。

それを学べたことは、本当に大きな私の財産。

もう一つ、私はこれまで、苦しいことも、面白いこともいろいろ経験してきたけれども、人と同じようにやっておったんじゃ、人並みの楽しみしか得られないだろうと。

人よりも何倍も面白くしてやろうと思ったら、人の倍以上働かないかん。

これも私の人生哲学です。

学校を出た直後に「憂(う)きことの尚(なお)この上に積もれかし限りある身の力ためさん」という歌を知りましてね。

私は戦場で生死の境を彷徨(さまよ)ったり、商売で倒産を経験したり、いろんな苦しい体験もしてきたけれども、この歌が命を助けてくれたんかも分からんな。

こんなことでへこたれてたまるもんかと、逆境に自分から飛び込んでいく勇気が生まれて、そこから人生も開けてきたんです。

(引用:『致知』2017年2月号「生涯現役」より)

憂(う)きことの尚(なお)この上に積もれかし限りある身の力ためさん」という歌は、江戸時代の陽明学者である熊沢蕃山(くまざわばんざん)の有名な歌です。