「お母さん、先生からちょっと話があるからね」

「あっ、これはただ事ではない・・・」

看護師さんの一言に、私は凍りつき全てを察しました。

医師からまず告げられたのは、娘に口唇口蓋裂(口に裂け目がある病気)があり、両手首や足首などに先天性の異常があることでした。

頭を殴られたようなショックを受けた私に、医師はさらに「この子は実は両目がないんですよ」と言葉を加えられたのです。

上唇が割れ、口を閉じることができない娘は、ミルクを飲むこともままならない状態でした。

ある程度の体重がないと唇の手術はできないので、それまではホッ床(しょう)というマウスピースのような装具を使って哺乳しやすくします。

しかし、娘はホッ床を装着しても哺乳瓶を吸うことができず、鼻からチューブで入れてもすぐに吐いてしまうのです。

重い障碍のために飲み込んだものが逆流するのでした。

その頃から目立つようになったのが激しい自傷行為です。

目が見えず、知的障碍もあったので、自分の感情をどのように表現したらいいいのかが分からないのです。

頭を床にたたきつけたり、耳を千切れるほどたたいたり。

まるで自分を傷つけることで気持ちを紛らわせ、自分が生きていることを確認しているかのようでした。

このような娘さんを数々の障碍を乗り越えながら12歳になるまで育て上げてきたお母さんは、次のように述べています。

私たち一家がここに至るまでには、どれだけ多くの人たちからご支援や励ましをいただいたことでしょう。

それを思うと感謝の気持ちは尽きることがありませんが、同時にどんなに長い道のりでも諦めずに頑張っていけば、必ず良い方向に変わっていくことを最近強く実感しています。

障碍を持つようになった本人やその家族が必ず直面するのは、障碍をきちんと受容できるかどうかという壁です。

その壁を乗り越えないことには前に一歩踏み出すことができません。

どんなに土砂降りでも、いつまでも雨宿りをしていては進めません

たとえ苦しくても、どこかで一歩を踏み出さなくてはいけないのです。

そして、予想していたとおり、社会ではたくさんの辛い体験が待ち構えていました。

自分がこれまで築き上げてきた社会的な評価もプライドも見栄も、これでもかというほど、徹底的に打ち砕かれて、心がズタズタになるのが自分でも分かりました。

しかし、それを経てこそ新しい道が開け、新しい自分に出会えることを身をもって知ったのもまた、貴重な経験でした。

実際、娘を授かって誰より成長できたのは、この私であるような気がします。

私の拙(つたな)い経験から何かアドバイスできるとしたら、自分が諦められないことは最後までやり切ることです。

たとえ、満足いく結果が出なかったとしても、やり切った後には、それまでと違うステージが待っています。

そのステージもまた過酷なのですが、やり切ったら、もう一段高いステージが準備されている。

その階段を一つひとつ上がっていくことが、人生の醍醐味なのではないでしょうか

(引用:『致知』2017年3月号「苦しみの中で咲いた笑顔」より)

このお母さんは看護師として働いていたので、普通の人よりは障碍への対処の仕方について知識があったことも幸いだったと思います。

だからこそ、このような重い障碍の子でも育て上げることができたのではないかと思います。

この話を読んで、「天は乗り越えられない試練を与えない」、「人は試練を経ることで成長できる(艱難汝を玉にす)」ということを改めて噛みしめました。