感謝の気持ちをもって生きる

人間が幸せで健康に生きていく上での一番の秘訣は、無数の恩によって生かされていることをしっかりと自覚し、その有難(ありがた)さを知ることにある、ということです。

私たちは手足が自由に動くことも、毎日3食を口にできることも、家族がいることも、誰かが親切にしてくれることも、電車が動いていることもすべて「当たり前」と思って、感謝するどころか、そこに不満の種すら見つけてしまいます。

しかし、静かに思いを巡らせてみると、「当たり前」のことなど一つもなく、すべてが奇跡(有難いこと)の連続なのです。

そのことが分かるのは、「当たり前」と思っていた環境を失ってしまった時です。

病気をしてはじめて健康であることの有難(ありがた)さが身に沁みます。

両親が亡くなって、その存在の大きさに気づかされます。

大きな地震でもあれば、「当たり前」と思っていた生活はたちまち混乱に陥ってしまうことでしょう。

先日見たテレビで、戦争によって飢餓状態が続くシリアの様子が映し出されていました。

一人の母親は子供たちに食事を与えるため、自分は腹部をベルトできつく締め、水だけで飢えをしのいでいました。

これが海外の現実です。

それを思えば、日本がいかに恵まれているかがよくわかります。

私たちが「当たり前」と思っていることを「有難(ありがた)い」と感じる心の習慣が身につくと、その人の運勢はどんどんよくなり、心身ともに健康になっていきます。

幸せなことが次々に起こるようになります。

これは多くの人を見てきた私の実感です。

「当たり前」のように思えることを深く見つめていくと、幸せの要素はいくらでも発見することができます。

ちょっとしたことに感動できる心は、ゆとり育(はぐく)みます。

ゆとりが生まれると、たとえ小さなことであっても誰かが喜ぶようなことをしたくなるのが人間の本性というものです。

そして、そういう人は常に上機嫌です。

私の親しい方のお母さまが100歳で亡くなりました。

最後の3年間は、ある大病院で過ごされていましたが、認知症が進み、はっきり口にできるのは朝晩の挨拶と「ありがとう」とい言葉ぐらいでした。

このお祖母さまは病院のスタッフが病室に入ってくるたびに、屈託のない笑顔で「ありがとう」とあいさつして頭を下げます。

最初は気に留めなかったスタッフも、しばらくするとお祖母さまの笑顔を見ないではいられなくなりました。

朝出勤すると、机に荷物を置く前にまずお祖母様の病室を訪れて声を掛けます。

「おはよう、ありがとう」という声を聞いて1日の仕事をスタートすることが日課になっていたのです。

そして、夕方、退勤するときもお祖母様から笑顔をもらい、機嫌よく帰途につくようになりました。

それだけにお祖母様が天寿を全うした時、スタッフは皆、深い悲しみを味わいました。

ある医師は「朝夕、お祖母様の病室に足を運んだので、お祖母様の笑顔を見ないと1日の区切りがつかないくらいでした。疲れて帰宅しても、家族の前では機嫌よくしようと心を切り替える習慣が身についたのは、お祖母様と3年間接していたおかげです。お祖母様は私にとってとても大きな存在でした」と話していました。

お祖母様が何か特別なことをやったわけではありません。

病室を訪れる人に「ありがとう」と笑顔で応じていただけです。

それだけでも、周囲の人は毎日会わずにはいられなくなってしまいました。

いつも上機嫌であることは、周囲にここまで力を与えるのです。

返しても返しても、返しきれない、数々の大恩よ。(坂村真民「体恩」)

(引用:『致知』2017年2月「人生を照らす言葉」(鈴木秀子さん)より抜粋)

「有難(ありがた)い」と感じる心の習慣が身につくと、運勢がどんどんよくなり、心身ともに健康になっていきます。幸せなことが次々に起こるようになります。という話は、私も自分の経験を踏まえて本当にそうだと思います。