家は漏らぬほど食は餓えぬほどにて足る事なり

「家は漏らぬほど、食は餓えぬほどにて足る事なり」という言葉が『南方録』という茶の湯の書物の冒頭に記載されています。

家は雨が漏れなければよく、食は餓えなければ十分であるという侘び茶の神髄だそうです。

侘び茶とは、豪華・絢爛な茶の湯とは対極に位置するもので、草庵で質素な道具で点(た)てられるお茶の作法です。

物質的に豊かになった現代において、千利休の侘び茶の精神をもう一度見直したほうがよいのではないかと思います。

家は何のためにあるのか、食事は何のためにするのかという本来の目的に適ったものであればそれで良いのではないでしょうか。

すなわち、家は雨や露を凌いで寝れればよく、食事は生きていくためのエネルギーを得れれば十分のはずです。

物質的な欲望のままに、家も食事も本来の目的とは掛け離れたものとなってしまい、今ではタワーズマンションや豪華食材がもてはやされています。

一方で、世界に目を向ければ、食べることが出来ずに餓死していく子供が大勢いて、寝るところもままならない人も大勢います。

国内に目を向けても、小学生の6人に1人は貧困家庭で、給食費すら払えない家庭も多いと聞きます。

このような現状に目を向けると、己の欲望を満たすだけではなく、同胞のことにも思いを巡らし、襟を正していく必要があるのではないでしょうか。

私は改めて、老子の「足るを知る者は富む」という言葉を思い出しました。

すなわち、現状に満足できる者は、精神的に豊かになれるということを説いた言葉です。