鉄は炎の中で何度も打たれることで、強度を増していきます。

ダイヤモンドが姿を見せるにはダイヤモンドの原石を破砕して磨かなければなりません。

同じことが私たちにも言えるのです。

何度も何度も鍛えられてはじめて、かつて発揮したことのない、大きな霊性が発現するのです。

太陽がさんさんと輝いている時、つまり富と財産に囲まれた生活を送っているようでは霊的真理を見出すことはできません。

何一つ難問が無いようでは、霊的真理は理解できません。

困苦の真っただ中に置かれてはじめて霊的に目覚めるのです。

霊性の開発には晴天より嵐の方がためになるものです。

霊的なこと、私たちの永遠の財産であり、唯一の不変の実在である霊に興味を抱くようになるには、それを受け入れるだけの用意ができなくてはなりません。

そこで、鋼と同じように試練を受けることが必要になるのです。

苦を味わなければならないということです。

不自由を忍ばなければなりません。

病気の場合もあり、何らかの危機の場合もあります。

それが、あなたの魂に点火して、美しい炎が燃え上がり始めます。

それ以外に方法はありません。

光を見出すのは闇の中においてこそです。

知識を有難く思うのは無知の不自由を味わってこそです。

魂はその琴線に触れる体験を経るまでは目覚めないものです。

その体験の中にあっては、あたかもこの世から希望が消えうせ、光明も導きも無くなったかに思えるものです。

絶望の淵にいる思いがします。

どん底に突き落とされ、もはや這い上がる可能性がないかに思えるような恐怖を味わいます。

そこに至ってはじめて魂が目を覚ますのです。

(参考文献:シルバーバーチの霊訓(10)