人は生まれた時の進化の度合いが異なっている

人間というのは、生まれた時からそれぞれ霊的な進化の度合いが異なっています。

仮に、今ちょうど同じ時刻に2人の人間が誕生したとします。

1人は動物的段階をやっと終えて、人類として初めて地上に生を受けました。

もう1人はすでに何回か地上生活を体験して、高度な霊格を身につけています。

後者は、成人して偉大な哲学者あるいは聖人といわれるような人になるかもしれません。

しかし、前者は霊的に未熟なゆえに殺人を犯してしまうかもしれないのです。

あなたが普段付き合っている人たちも、進化の段階が異なっています。

あなたの方が進化しているいるかもしれないし、遅れているかもしれません。

それは、ここで論じてもしょうがないことです。

肝心なことは、あなたがこれまでに積み重ねてきた知識と体験をもとに、今何をするかです。

自分がこの世に生を受けた目的は何なのか。

霊格を高めること、つまり魂の進化のために必要な体験を積むために、生まれてきたのではなかったか。

物的欲求にまい進するのは結構ですが、人生の終末を迎えると人間は誰しも一体何のために生まれてきたのだろうかと思うものです。

その時、たくさんの財産を貯(たくわ)えたことに満足する人はまずいません。

大邸宅で往生できることを、この上ない冥利(みょうり)と感じて死んでいく人もいません。

むしろ、そういう人ほど人生のむなしさを痛感するものです。

当然でしょう。

人間は霊的存在だからです。

では、人間は何に一番生きがいを見出すのでしょうか。

それは自分という1人の人間がこの世に生きたことによって、少しでも人のためになったということです。

言い換えると、人の霊的進化の上で、自分の存在が少しでも役に立ったということです。