生きていく上で、時には辛く苦しいことが起き、なぜ自分がこんな目に合わなければならないのかと天を恨みたくなるようなこともあります。

でも、天は決して乗り越えられない試練は与えません。

自分に与えられた試練は、乗り越えられるからこそ与えられているのです。

試練を乗り越えるために奮闘努力することにより、人間としての幅が広がり、深みが増すのです。

「致知」2016年9月号の「致知随想」というコーナーに、以下のような話(要約)が掲載されています。

ごく普通の主婦の方が、家のローンの支払いなどのためにある食品会社に入社し、新たに設置された部署にたった一人の職員として配属され、周りからの冷たい視線を浴びながらも、自らの仕事を造り出していきます。

そのような中、二人の子供を連れて離婚するなど私生活でも大きな窮地に立たされますが、このままでは子供を養えないと悩んだ末に、一層仕事に打ち込んで役職者になろうと強く決意し、猛烈に働き始めます。

その後、優秀な部下を持ち、いよいよこれからだという時に、右腕であったその部下を交通事故で失ってしまいます。

なぜ、次々と辛いことが襲ってくるのだろう。

その苦しみの中で、彼女に一歩踏み出す力を与えてくれたのが、ある本の一文にあった「試練は乗り越えられる人にしかやってこない」という言葉でした。

「そうだ、自分は神様から”お試し”の時間をいただいているのだ」と気づき、苦しい現実から逃げずにひたすら真正面から向き合っていきます。

そして、幾多の試練を経ることで逃げずに強く生きることを学び、今では心から仕事があってよかったと感謝するようになったとのことです。