一隅(いちぐう)を照らす 此(こ)れ即ち国宝なり」は、天台宗を開かれた伝教大師最澄(でんぎょうだいし・さいちょう)が著した『山家学生式』(さんげがくしょうしき)の冒頭にある言葉です。

以下、『山家学生式』の冒頭部分です。

国宝とは何物ぞ(国の宝とは何か)

宝とは道心なり(宝とは道を修めようとする心である)

道心ある人を(この道心を持っている人こそ)

名づけて国宝となす(社会にとってなくてはならない国の宝である)

故に古人の言わく(だから昔の人は言った)

径寸(けいすん)十枚、是れ国宝にあらず(直径3センチの宝石10個、それが宝ではない)

一隅を照らす(社会の一隅にいながら、社会を照らす生活をする)

此れ即ち国宝なりと(その人こそが、なくてはならない国宝であると)

『山家学生式』の解説です。

国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心有る人を名づけて国宝と為す

道心(どうしん)とは道を修めようとする心、仏教においては仏道を究めようとする心です。

この道心をもって生活することができる人が国の宝であると示されています。

例えば、自分の仕事を自己に与えられた天命と心得て、打ち込む人こそ道心の持ち主でしょう。

どんな仕事でも、このような人は限りない喜びを仕事の中に見いだし、生き甲斐を仕事の中に感じることができるに違いありません。

このような人が国中に充満すれば、国は栄え、社会は浄化され、物も心も豊かになる世界が実現します。

径寸十枚是れ国宝に非ず、一隅を照らす此れ則ち国宝なり

「径寸十枚」とは金銀財宝などのことで、「一隅」とは今自分がいる場所や置かれた立場を指します。

お金や財宝は国の宝ではなく、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも代えがたい国の宝なのです。

演劇の舞台も主役以外に脇役や裏方など、たくさんの役者がそれぞれの担当をしっかり果たしてこそ、観客が満足する舞台を上演することができます。

また、国も総理大臣だけで成り立っているのではありません。国民一人ひとりが持ち場を守り、仕事をしっかりとすることによって国が成立しています。

会社における上司と部下、家庭における親子の関係など、それぞれにおいて使命を自覚し、自分の仕事や生活に励むことが人間としての基本です。

一人ひとりがそれぞれの持ち場で最善を尽くすことによって、まず自分自身を照らします。

そしてこれが自然に周囲の人々の心を打ち、響いていくことで他の人々も照らしていきます。

そうしてお互いに良い影響を与え合い、やがて社会全体が明るく照らされていきます。

「一隅を照らす」ということは、各々の仕事や生活を通じて、世のため人のためになるように努力実行することで、お互いが助け導き合い、あたたかい思いやりの心(仏心)が自然と拡げられていくのです。

(引用:天台宗ホームページ「一隅を照らす人になろう~『山家学生式』の教え~」より)