麻布中学を創立した江原素六の幼少期の話です。

貧乏士族の家に生まれた江原素六は、家計を助けるために、10歳のころから父親の内職を手伝って、楊枝(ようじ)を削っていました。

夜になると、昼間こしらえた楊枝の束を風呂敷に包んで、「楊枝はよいか、楊枝はよいか」といいながら、新宿の小間物店へ売りに歩きました。

すると、素六の持って行った楊枝はすぐに売り切れました。

中には、品切れになっても素六が売りに来るのを待って買ってくれる人もいました。

どうして、そんなに売れたのか。

当時は、楊枝は100本ずつ束ねるのに、人目に付く外側には出来のいいものを並べ、内側には出来の悪いものを並べるのが当たり前でした。

けれども、素六にはそういうごまかしが出来ませんでした。

そこで、出来の悪いものは悪いものだけで束にして、中ぐらいのものは中ぐらいのものだけで束にし、出来のいいものはいいものだけで束にして、ちゃんと相手にそれを告げて、それ相当の代価を求めるようにしました。

そのため、相手から非常に喜ばれたのです。

みんな言い値で買ってくれるので、商売の駆け引きも必要ないし、時間もかかりません。

他の人が売るのに手間取っている間に、素六はさっさと売りつくして、帰ることができました。

素六は子供心につくづく思いました。

「やはり、正直は得だなあ」

(参照:あの斎藤一人さんが「7回読みな」と勧めた「人生を創る言葉」